NikonがREDを子会社化、今後の予想

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2024年3月7日、NikonがREDを子会社化を発表しました。

Nikon「米国の映像機器メーカーRED.com, LLCを子会社化」

若干旬が過ぎたネタですが、内部圧縮RAW技術を巡る特許で係争していた2社がなぜ急接近したのか、両者の思惑はどうなのかという内容を載せていきます。

まず、日本ではあまり馴染みのないRED社について、なぜ有名になったのかハリウッドやNetflixなどの海外ドラマシリーズなどの撮影で重宝されているのかを見ていきましよう。

REDはなぜ有名なのか

RED
RED Photo by Andrej Lišakov on Unsplash

2000年代前半のほどんどのシネマ・カメラはFHD(1920 x 1080)約200万画素までしかサポートしませんでした。このためデジタルカメラはフィルムカメラに叶わないという認識が映画界にはありました。

しかし2004年に Adobe が「DIGITAL NEGATIVE(DNG)」フォーマットを世に出したことによってデジタルカメラ業界に大きな変化が訪れます。DNG フォーマットの登場によりイメージセンサーから直接光情報を読み取り保存できるようになったのです。これをうけ、RED社は2年間の開発期間を経て2006年にシネマ・カメラ「RED ONE」を発表しました。このカメラは大判センサー(スーパー35mmセンサー)+4K(約800万画素)という組み合わせで映像業界を震撼させました。さらに圧縮RAW(REDCODE RAW)という有償コーディックを組み込まれておりイメージ情報のロスが比較的少ないにも関わらず取り扱い易いサイズのファイルにまで圧縮することができました。

一気に4倍精細な動画が撮影できるようになったのですから革命と言っても良い出来事でした。高解像度なほどポストエディット(後から編集すること)がラクになりますし撮り直しが減って生産性が上がります。

この RED ONE の発売は他のカメラメーカーに発破をかけ、映像業界の高画質高解像度競争が巻き起こります。

さらに2009年に一般向けにDSMC(デジタル・スチル・アンド・モーション・カメラ)と呼ばれるコンセプトの小型軽量化を図ったシリーズを100万円台で販売します。これによっていままで小規模なスタジオや個人では到底手が届かなかったシネマカメラが所有できるようになりました。

このように技術的に可能だったとしても誰もやろうとしなかったことを初めてやったわけですから RED社はシネマカメラ業界においてイノベーターと言ってもよい存在でした。

両社の衝突と衝撃の買収

Nikon は昨今一般消費者向けの商品だけでなく業務用のカメラに力を入れてきました。特に N-RAW からはじまり ProRes のような業務用カメラの動画像圧縮技術に力を入れていて、Z8 や Z9 などのフラッグシップモデルに搭載しました。

しかし、RED社が保有する特許権を侵害しているとして訴訟に発展しました。

RED社は動画のカメラ内部圧縮技術、正確に言うと「2K以上、23枚/秒以上の RAW 動画をカメラ内で圧縮する」ことの特許権を米国特許商標庁から得ています。内部圧縮RAW技術というのはとっくの昔から使われている技術でRED社が発明したものではありませんでしたが、なぜか承認されてしまいました。カメラ内部への圧縮RAW動画フォーマットでの保存を実質独占するようなもので理不尽なものでした。この特許権をハンマーのように振り回して内部圧縮RAWを搭載しようとしたメーカーを次々と訴えては出る杭を叩いてきました。

Nikon Z 6
Nikon Z8 Photo by Jan Kopřiva on Unsplash

ニコンはこの特許権を無視する形で自社製品に搭載したわけです。REDがパテント・トロール(特許権の乱用)しているというのは業界では有名でニコンの技術者や幹部が知らないわけがありません。案の定、2022年に内部圧縮RAWを開発していたニコンも目をつけられて訴訟にまで発展しました。

しかし、2023年にニコンはこの特許を不服としてREDを逆提訴することとにしました。起訴内容が有力と見られていたため、今度こそ RED が負けるのではないかという噂も流れましたが、年末に両社は和解を果たしました。そのわずか半年後、今年(2024年)3月7日にニコンがREDの完全子会社化を発表しました。

ニコンの旗色が悪くなったため買収したとのうわさもありますが、友好的な買収だと報じられているので筆者としては、先述したようにシネマカメラに力を入れだしたニコンと RED 社の目指すビジョンが合致したという形のだと思います。さらにREDを打ち負かして特許の有効性を破壊するよりも内部圧縮RAWの特許権も保持したいという思惑もあったのではないかと思われます。

なぜREDは買収を受け入れたのか

映画用のカメラ、いわゆるシネマカメラは高価かつ市場は小さく、また小規模な撮影スタジオは購入せずにレンタルをすることが多いです。なので母数の少ない市場です。

RED社は従業員数はわずか220人の企業でニコンの従業員数は20,000人です。ニコンの企業規模ならばREDを買収するのは容易だったでしよう。

しかし、なぜREDはニコンの買収を受け入れたのでしょうか。私はRED社が自らをニコンに売り込んだのではないかとさえ思っています。

多角化戦略の失敗が原因か

2018年に RED社は新たな市場、携帯市場を開拓するために「RED Hydrogen Phone」を発売しました。誰もかれもがスマホを作ろうとしていた時代でした。これが大失敗に終わりました。というのも発売が何度も延期されたため発売したころにはスペックが時代遅れになってたこと、高額、ベゼルが巨大、カメラの画質もそれほどよくはなく、おまけに重かったからです。

RED Hydrogen Phone には Sony Xperia Pro のようにカメラ本体に取り付けるとディスプレイのように機能しました。 シネマ・カメラ用のディスプレイはべらぼうに高いのでこのスマホを外付けモニタ代わりに購入する業界人がいたようですが、一般的な消費者には受けいられず狙ったような販売台数まで届かなかったようです。

結局 Amazon が「Amazon Fire Phone」で、バルミューダが「BALMUDA Phone」を作って失敗し今経営危機に陥っているように巨額の損失を出したと言われています。

ここらへんから REDは高額なストレージデバイスを売り出したりと徐々に利用者から不満が漏れ出すこととなります。

RED社は公開会社ではありません。株主などが存在しないため売上や財務状況を公開する必要がありません。このため、あくまで界隈で言われている推測になりますが、RED社は資金調達に苦労していたのではないかと考えられています。

シネマカメラ市場で敗北の危機も

RED社は2000年代~2010年代にシネマカメラに多大な影響を与えたのみならず、コンシューマ向けカメラにも少なからず影響を及ぼしたことは間違いありません。ですが昨今は Sony や Canon 、ARRI などのビッグプレイヤーが追いつけ追い越せと開発競争を仕掛けており、様々な技術で拮抗、あるいは遅れをとりつつあります。特に最近必須となりつつあるドローンと統合した撮影機器やレンズ周りなどの装備が弱いです。

Sony Venice
Sony VENICE Photo by Oleg Brovchenko on Unsplash

さらにニコンだけでなく Sony や Apple などとも法廷で内部圧縮RAW特許問題で争っていました。裁判費用も大きな負担になっていたはずです。

あれだけなりふり構わず訴訟を行っていたのは圧縮RAW技術はRED社の最後の砦のようなものだったからなのではないかと著者は思っております。もちろんRED社はその企業ブランドイメージだけでなく、他にもセンサー周りや色づくりなどが優れていますがこの特許を守れなくなった途端、崩壊へと突き進んでいくこととなったはずです。

そこに巨額の資金をニコンが持ってきて買収を持ちかけてきたらさぞ魅力的に映るでしょう。何よりもニコンにはRED社が持っていない光学・レンズや手ブレ補正技術周りで優秀な技術を持っています。ニコンも業務用動画周りのノウハウや技術が欲しかったのでちょうど合致したのだと思われます。

買収によって Nikon と RED の未来はどうなる

プレス・リリースでニコンはRED社やそのブランドを変える予定はないとしています。以前と同じようにしばらくはシネマ・カメラを作り続けると予想されます。

今回の子会社化は双方にとってどんなメリットがあるのでしょうか。

両社にとってのメリット

  • 技術の相互協力

センサー周りはニコンはここ数年ソニーと共同開発しており、独自のイメージセンサーを作っていません。RED社も自社で製造しているわけではありませんが、センサーを自社設計・開発しているので Nikon にとって技術を吸収するチャンスがあるかもしれません。

光学系周りでは RED社 は 2009年 に RED Pro Prime というレンズを発売しましたがそれ以降音沙汰がありません。レンズやオートフォーカス周りが強いニコンが REDカメラ向けに専用のレンズを作るようになったら楽しみではあります。

RED社は Canon レンズを搭載できる RF マウント機を売っているわけで、これがZマウントの徐々に以降していく可能性もあります。なんせ Canon は Nikon のライバル企業です。

しかし現状Nikonはシネマカメラ向けのZマウントレンズを製造していないのでそこでも課題が生まれます。

  • 量産体制の獲得

もともと RED は「枕元におけるシネマカメラ」を目指していたこともあり、量産体制の獲得とそれに付随する低価格化を実現したいという思惑があると思われます。

両参技術が整えられていてレンズの開発から製造までできる、独自マウントを持っている。シネマカメラのラインが弱いのはニコンしかおらず、まさに理想のパートナーではあります。

また RED製カメラは創業当初からやや不安定であったという声を聞きます。このあたりニコンの品質管理体制が導入されれば改善につながるかもしれません。

  • ブランドの獲得

ニコン側にとって最大のメリットはREDが築き上げてきたブランドを手に入れられたことでしょう。ニコンもカメラ業界においては高いブランド価値を持っていますがシネマカメラというかなり異質な分野でいきなり好評を博すのは難しいでしょう。

内部圧縮RAW特許はどうなるのか

去年(2023) Nikon は RED 社と和解したことにより内部圧縮RAW技術は利用許諾を得ているわけですが、 RED社を買収することによってこの特許を所有し、コントロールする側になります。

RED社は過去に Apple 、Sony、 Nikon と法廷で争っています。 Canon とはRFマウント周りの何らかのコラボレーション(クロスライセンス)という落とし所で内部圧縮RAWの利用を許可したという噂があります。Nikon の子会社になった今、どのようなスタンスを取るのか注目されるところです。

個人的には内部圧縮RAW技術というのは特許としては広範すぎて目茶苦茶なものだと思います。低額なライセンス料にとどめて広く使ってもらうのがカメラ業界にとってはベストなのではないかと考えますが、Nikon もそんな甘くはないでしょう。

ライセンス料を取って広く使ってもらうのか、特許を独占して独自技術として守るのか、結局のところ全てはどれだけ利益をあげられるかにかかっていると思います。

M&Aは痛みを伴う

ハリウッド育ちの革新企業を 1917年から創業している技術者集団のような日本企業がどう統合するのか……あまり想像がつきません。REDに資金提供してしばらく好き勝手やらせて徐々に技術的なコラボレーションを増やしていくのが好ましいのかもしれません。楽しみではありますが多くのハードルが立ちはだかっているのではないかと思われます。

Harvard Business Review

According to most studies, between 70 and 90 percent of acquisitions fail. Most explanations for this depressing number emphasize problems with integrating the two parties involved.

多くの調査によれば 70~90%の買収は失敗に終わっている。この気の滅入るような数字の説明のほとんどは、当事者同士の統合に関する問題を強調している。

https://hbr.org/2020/03/dont-make-this-common-ma-mistake

おわり

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