RED 社といえばプロ向けのデジタルビデオカメラ、いわゆるデジタル・シネマ・カメラを販売しているメーカーです。小さな撮影スタジオでも手を出しやすいリーズナブルな値段で小型・高品質なカメラを製造しています。 2019年に NetFlix が制作している高評価ランキング番組の約6割はこの会社のカメラで撮影されていたようです。
しかし、数年前からアダプタがついただけの SSD を20万円以上の高値で売りつけるアコギな商売をはじめたことが話題になり、その企業動向に疑問を持ち始める人が増えてきました。そしてこの企業が保有しているある特許が密かに長年問題になっていたのですが、ニコンが RED を逆訴訟したことによって注目が集まっています。
本記事では映像業界の発展の大きな阻害要因となっている RED(Red Digital Cinema Camera Company)の「圧縮RAW」特許問題をご紹介いたします。
圧縮RAW(CodeRed RAW)とは
多くの映画や映像制作現場では RAW というファイル形式が使われています。ざっくり説明しますとまだ絵に落としてこんでいないカメラのセンサーが受け取った”生”に近い光データが主流となっています。カメラのセンサは光の色を人間のように認識できないため、取り込んだ光を RGB(赤緑青)に変換するフィルタを通してそれぞれデータとして保存しています。このデータをソフトウェアで組み合わせて再構成することによってはじめて絵となります。
一見暗くて使い物にならないような映像でも場合によってはセンサーが取り込んだわずかな光が RAW ファイルに保存されていることもあります。それをソフトウェアを介して編集、エフェクトをかければ使える映像に加工することもできたりします。またカラーグレーディングなどにこだわるクリエイターにとって必須のフォーマットです。
この光データはポストエディット(編集)に大変便利なのですが、そのままだと膨大なストレージ容量を占領してしまいます。たとえば 8K 映像を RAW で撮影したら2分と保たずに 500GB の SSD をいっぱいにしてしまいます。
そこで活躍するのが RAW圧縮コーディックです。 RAWデータをカメラのオンボード・プロセッサに流し込み、いらないデータを切り捨てたり圧縮して容量を減らす仕組みです。特許を取得している RED は「REDCode RAW」と呼んでいます。
この圧縮処理を行うことで下記のデータテーブルのように劇的に容量を減らすことができます。
1秒あたりのデータ転送量 | 1フレームあたりのデータ容量 | |
---|---|---|
8K 非圧縮 | 5098 MB/s | 213 MB |
8K R3D 5:1 | 259 MB/s | 12 MB |
8K R3D 8:1 | 162 MB/s | 8 MB |
前述したように多くの圧縮 RAW は純粋な可逆圧縮(ロスレス)方式ではありません。REDCode RAW も例にもれず圧縮率を一定以上にすると不可逆になりますが、データの欠損を最小限にとどめつつRAW方式の恩恵もうけることができます。(そもそも RAWフォーマットも圧縮されてはいますがここでは割愛させていただきます)特にストレージがべらぼうに高い RED 製のカメラを使う場合ありがたい機能となっています。
過去にも存在していた圧縮RAW技術
この特許のとんでもないところは圧縮 RAW という仕組みはデジタルカメラの登場時から既にあった技術にもかかわらず、 RED 社が申請したら通ってしまったというものです。何も特別な技術ではなく、しかもコーデックですら RED が一から開発したものではありませんでした。
RED 社の主張してる特許とは、データ量の少ない赤色と青色の光データを圧縮して保存し、デジタルカメラのセンサ上、必然的に多くなる緑色のデータの値をもとに保存しておいた赤と青色の要素を解凍・デモザイク処理(欠損データの補完)をすることで再構成し、生データに戻すというものです。この手法は RED 社の創設よりも前からカメラ業界では一般的に使われていた技法です。
RED 社が特許を取得している圧縮 RAW を要約すると、解像度2K以上、23枚/秒以上の RAW 動画をカメラ内で圧縮すること自体を指すもので非常に広範なものです。デジタルビデオカメラの概念そのものを特許とするようなナンセンスな特許です。
RED社 の姿かたちもないころ、それこそデジタル一眼レフが出始めてからすぐに Canon、Nikon や SONY など、各メーカーは RAW画像データを圧縮して出力していました。まだストレージの性能が低かったため、センサーから受け取ったデータを簡易的に捨てたり圧縮しなければなりませんでした。RAWデータを圧縮する技術はありふれたものでした。RED は初めて4Kシネマカメラにこの機能を搭載しましたが「発明した」というのはかなり無理があります。
なので個人的な見解ではありますが RED社 がやったことは「ゆっくり茶番劇商標登録問題」で商標登録者が権利を放棄せずに居座って金を徴収しているようなものだと思います。
また REDcode RAW は JPEG 2000 をもとにした圧縮技術で、 GoPro CineForm とほぼ同じもの……圧縮技術も独自のものとは言えません。 IntoPix社 が JPEG 2000 コーデックの開発元なのですが RED社はこれを少しカスタマイズして特許取得に利用してしまったわけです。RED社 は何も新技術を開発していないのです。
REDによるパテント・トロール(特許の怪物)
この理不尽な特許があるため他企業はRED社からの許可と高額なライセンス料を払わなければならず、従わなかった企業が次々と訴えられ、そのことごとくが敗訴しています。
ハイブリッド式の BlackMagic やそもそも圧縮しない Arri などのように違うアプローチのフォーマットは難を逃れていますが多くの企業、主に日中企業がREDの餌食になっています。
- 2012年 KINEFINITY社 が独自の圧縮RAWフォーマットを搭載しようとしたらREDに訴えられ、圧縮RAWなしでシネマカメラを発売することになりました。
- 2013年 SONY が RED に訴えられ敗訴、多額の開発費を投じたシネマカメラ「CineAlta」シリーズから圧縮RAW機能を廃止しなければなりませんでした。現在はクロスライセンシングが行われているとの噂ですが定かではありません。
- 2019年 Apple は RED の圧縮 RAW は特許に値しないとする訴訟を起こしましたが、米国特許裁判所は証拠不十分としてこの訴えを却下しました。後に RED は Apple の社会的影響力を恐れたのか ProRes RAW でコラボレーションします。
- 2022年 DJI も RED の圧力で発売直前に Ronin 4D から圧縮RAW機能である ProRes RAW をオミットせざるえなくなりました。 DJI は RED とすでにドローンに搭載されている圧縮RAW機能をライセンス契約していました。Ronin 4D は4軸スタビライザーを搭載し、フルリモートでカメラを操作できます。またIR深度センサーを搭載したフォーカスシステムを備えた革新的なシステムでした。
見ての通り大暴れしています。 RED 社は他企業を映画用カメラ業界から締め出すためにこの特許を濫用していると見て間違いないでしよう。
Nikon VS RED
2021年、ニコンはフラッグシップである「Z9」に IntoPix社 が開発した TicoRAW のライセンスを取得しニコン独自のコンテナ N-RAW および ProRes RAW フォーマットを盛り込んだファームウェアを配信しました。N-RAW は ProRes RAW HQ の約半分のファイルサイズで同等の画質を保存できるかなり目玉の機能です。
いつものごとく RED が訴訟しましたがニコンはこれを不服とし、逆訴訟しました。2024年6月に陪審員裁判が始まります。
ニコンが争点としているのは、
圧縮RAWはRED社の特許出願以前から広く使われていたことと、REDが特許出願ときには既に新規性は喪失しており、特許は認められるべきではなかったとするものです。
基本的には製品の販売(公然実施)を開始した時点で新規性は失われ、特許を受けることが出来なくなりますが、販売から一年以内に出願し、審査で認められれば例外規定の適用を受けることができます。
RED 社はこの例外規定をつかって特許権を取得したのですが、実際は出願する1年以上前に該当技術を搭載したカメラを販売していました。ニコンの主張は RED は例外規定のルールを破っており、特許は取り消されるべきである、とするものです。
2006年4月に行われた NAB Show、全米放送事業者協会が主催する展示会にて RED の初めてのカメラが展示され、何百台も予約販売し完売したようです。ちなみに特許申請されたのが2007年12月28日です。
このルール違反は以前から各所で指摘されており、決定的なものであると考えています。
RED 社はこの裁判が不利だと察知したのか、2022年12月に新たに「スマホを含むすべてのデバイスの圧縮RAW」をカバーする包括的な特許を取得しており、2038年までが有効期限となっています。2Kビデオカメラの圧縮 RAW 特許で敗れたら今度はこの特許を叩きつけて時間稼ぎするつもりでしよう。なぜこのような特許が通ってしまうのか疑問が尽きません。今後サムスンなど巨大スマホメーカーの出方が気になるところです。
おわり
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